東京魚商業協同組合 - 築地発 おいしいお魚ガイド
  
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魚塚建立の経過

魚塚建立の経過

 組合員と魚は深い因縁で結ばれているが、その魚の霊を慰め感謝の誠を捧げて供養を行う為、「魚塚」を建立することが組合多年の念願であった。そして昭和51年2月、魚塚建立実行委員会(委員長中根長吉)を設置して本格的に検討を行った。建立の場所については上野寛永寺と折衝を行い、不忍池弁天堂の一角を借り受けることに決定した。さらに碑の形態、奉納金、供養料について協議を重ね、2月25日に弁天堂輪番筑土秀玄氏と組合との間で次の覚書を取り交わした。

覚 書
 1.建 立 場所境内大黒堂斜め横、池に面した柳の木と柳の木の中間地点
 1.形 態 境内の景観を損わぬ物にして、広さ1坪以内高さ地上より7尺以内のこと
 1.奉納金 3百万円
 1.法 要 年1回行う。行わない年は供養料を志納する。3年以上連絡なき場合、弁天 堂で碑を処置することがある。


その後、委員会を2部会に分け、完成目標を9月下旬におき、建立の促進を図った。碑は魚をかたどることにし、総額11百万円を持って、一切の工事を台東区谷中「和泉屋石材店」に依頼した。同店は直ちに工事に着工し、9月20日に完成した。除幕式の日取りは9月29日に決定し、題字の揮(き)毫(ごう)を上野寛永寺大僧正に依頼し承諾を得た。除幕式の当日は夜来の雨も上がり、紺碧に輝く秋空のもと、不忍池畔弁天堂境内に役員、支部長、総代2百余名、来賓約1百余名の参列を得て、午前10時30分から上野東叡山輪王寺門跡寛永寺住職杉谷義周大僧正の導師で、寛永寺一山の僧侶によって厳かに法要が行われた。引き続き上野精養軒において盛大に祝賀会が催された。なお、碑面は杉谷義周大僧正の筆になる「魚塚」の大文字が深く刻まれ、その台石には次のように建立の趣旨が刻まれている。

 四海、海に囲まれた我が国は古来から魚介類を海の幸とし食料と共に国民の蛋白補給源として食生活の上に重要な一端を占めて今日の文明社会の発展に関わりなく、人類と魚類は深い因縁によって結ばれて参りました。

 因(ちな)みに東京都における生鮮食料品市場の歴史は今から3百80余年前徳川家康が幕府を開いた慶長8年前後にまでさかのぼることができます。一説によると摂津国の漁師とその一族が江戸に入り徳川家の需要に応じるとともに許しを得て、一般民衆にも販売したといわれています。その後住民の増加につれて次第に大規模となり後年いわゆる魚河岸と称されるものに発展しました。こうして小売商の手によって消費者の食卓に供給して参りましたが水産物の生産は一時、増加の一途を辿り世界的水準を上回る実績を維持しておりましたが、近年の温暖化や海水温の上昇により、漁獲量の大幅な減少を招き、今後は世 界的規模で資源保護を協議する必要があります。

   水産業界の今日の発展は一に魚介類資源によって成し得たもので、我々鮮魚小売業界を通じ、魚介類がいかに食生活の上で寄与してきたか、その役割は誠にはかりしれないものがあります。  

我々業界はその功績を顕彰し、魚霊に感謝の誠を捧げ、魚塚を建立して供養し、慰霊の念を新たにするものであります 。




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